STANNEMAN.
歴史
”The Alternative”というビールクラブのメンバーになったところから、醸造家Erwin Vermeulenの旅は始まりました。ワークショップへの参加やメンバーとの交流を通して、ビール醸造のノウハウを学んでいきました。その傍ら、家の庭にビール醸造用の設備をすべて揃えました。
最初のレシピを書きあげた瞬間から、ビール醸造の長い道のりが幕を開けました。
初代のSTANNEMANロゴ
数年後、Erwinは日に日に大きくなっていく探求心に応えるため、”Zythology(ビール醸造学)”を教えるSyntra Leuvenのコースに参加し、ビールに関する論文”Commercializing home-brewed beer and starting a brewery(自家醸造ビールの商業化とブリュワリーの立ち上げ)”を執筆しました。こちらのコースを修了後、たくさんの醸造家との出会い・議論を経て、最も成功したテスト醸造のビールを商業化することに決めました。
STANNEMAN醸造家、Erwinと息子Stanの新聞記事
Erwinの商品としての最初のビールは、ロシアンインペリアルスタウトをベースとしたダークエールでした。一般的なDoubleタイプのビールより重い味わいだったため、”Extra Double”と名付けました。
これが、今日でもお楽しみいただける、Stanneman Extra Dubbelです。
ブランド”STANNEMAN”は、Erwinの愛する息子
Stanにちなんで名付けられました。
Stanが18歳になったとき、彼が自分の名前がついたビールをどこでも飲める、というのが父から愛する息子にあげられるプレゼントではないか、と考えています。
”Stanneman”ブランドを立ち上げたのち、委託生産が可能な醸造所を探し、ZandhovenにあるBrouwerij Pirlotに決めました。
2016年の夏、Vayamundoで行われたビールコンペ「To beer or not to beer」に参加しました。そこでの課題は、醸造開始時の密度が最大1060、色が15EBC以下のブロンドビールを作ることでした。これによって生まれたのが、Stanneman Blondです。
2018年にあったZhytos Beer Festivalにて、著名な醸造家と話した際、ダブルマッシングの製法でビールを醸造するというアイデアが浮かびました。言い換えると、水の代わりにビールでビールを醸造する、ということです。
結果、13%のアルコール度数でありながら、特殊製法のおかげでアルコール味が僅かで、飲みやすいビールが誕生しました。これが、今日のSTANNEMANの看板ビール、Stanneman Silent Killerです。
Stanneman Silent Killerの醸造プロセスは極めて時間・コストがかかるものだったため、醸造所の変更が必要でした
また、同時期に、2人のビール愛好家、TimとJorisがStannemanを手伝ってくれることとなり、Team Stannemanが誕生しました。